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神戸地方裁判所 昭和53年(ワ)1102号 判決

原告

高見弓子

被告

平和タクシー株式会社

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告両名は原告に対し、各自金三一三万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

原告は次の交通事故(以下本件事故という)により受傷した。

(一) 日時 昭和五一年一〇月一五日午前九時五分頃

(二) 場所 神戸市長田区一番町二丁目一―四番地先交差点内

(三) 加害車両 普通乗用自動車(神戸五五あ六六一七号)

保有者 被告平和タクシー株式会社(以下被告会社という)

運転者 被告 立木勝利(以下被告立木という)

(四) 事故態様 原告が、足踏自転車に乗つて、本件事故場所である交差点内を青信号に従つて横断中、被告立木運転の加害者両が進行して来て、右自転車の側面に衝突した。

(五) 傷害の部位、程度

(1) 右骨盤骨折、右股脱臼骨折

(2) 本件事故発生日である昭和五一年一〇月一五日から昭和五二年三月三〇日まで(六六日間)神戸市立西市民病院に入院。

昭和五二年三月三一日から同病院に通院し、現在も通院している。

(3) いまだ症状固定に至つていない。

2  責任原因

(一) 被告会社は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条所定の責任がある。

(二) 被告立木は、加害車両を運転し、本件交差点の対面の赤信号を無視して暴走し、折柄、本件交差点の対面の青信号に従つて本件交差点を横断中の原告運転の足踏自転車と衝突したものであるが、仮りにそうでなく、本件交差点の対面の青信号で本件交差点内を進行し、原告において対面信号を無視したものであるとしても、被告立木は、本件交差点の入口付近において、対面信号が青に変るまで一番先頭の位置で停車し、前方が見通せる位置にいたため、前方を注視しさえすれば原告の存在に気づいたはずであり、また、右信号が青に変つて発進した後も、一番先頭を走行し、やはり、前方を注視してさえおれば原告の存在に気づいたはずであるのにかかわらず、原告の存在に気づくことなく進行し、さらに原告の足踏自転車を約七・六メートルに接近して発見したのであるのにかかわらず、適切なスピードを守り、適切な運転操作をしなかつたため、原告運転の足踏自転車と衝突したものであつて、被告立木には、信号無視の過失、しからずとしても、前方不注視、不適切な運転操作の過失があるというべきであつて、民法七〇九条所定の責任がある。

3  損害

(一) 休業損害 金二八八万円

原告は、事故前、喫茶店に一日一〇時間、一時間に金四〇〇円の割合で稼働し、一か月(三〇日)金一二万円を下らない収入を得ていたから、本件事故発生日である昭和五一年一〇月一五日から昭和五三年九月までの二四か月間の休業損害は金二八八万円となる。

(二) 慰藉料 金一四五万円

昭和五一年一〇月一五日から昭和五二年三月三〇日までの入院期間中の慰藉料は、金一〇〇万円をもつて相当とし、昭和五二年四月一日から昭和五三年九月二五日までの通院期間中の慰藉料は、金四五万円をもつて相当とする。

(三) 損害の填補

原告は被告らから前記(一)の損害の内入金として金一二〇万円を受領した。

4  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し前記(一)(二)損害金合計金四三三万円から前記(三)の弁済金一二〇万円を控除した残額金三一三万円及びこれに対する本訴状送達の翌日被告会社については昭和五三年一〇月二四日、被告立木については同年一〇月三一日であるから完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)(二)(三)は認めるが、同1の(四)は否認する。同1の(五)は知らない。

2  同2の(一)のうち被告会社が加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。同2の(二)は否認する。

3  同3の(一)、(二)は知らないが、同3の(三)は認める。

三  被告らの抗弁

1  被告会社の自賠法三条但し書の免責の抗弁

(一) 本件事故は被告立木に過失はなく、原告の一方的過失によつて惹起したものである。

本件事故現場は、神戸市立西市民病院前をほぼ東西に通じる幹線道路に、北東方面から大開通と称される幹線道路が斜に交差し、さらに北北西方向から南南東方向に通じる道路が交差する変形の五差路であつて、信号機による交通整理が行なわれている。右の東西に通じる幹線道路は車両通行量も多いので、交差点の西詰には、歩行者および足踏自転車による横断に伴う危険を避けるため、足踏自転車の便宜も考慮してスロープ状の横断歩道橋が設置されている。被告立木は、加害者両を運転して東西道路を西進し、本件交差点にさしかかつたところ、西進車両用信号が赤の表示を示していたので、交差点東詰の停止線で信号待ちのため一時停止したが、右信号の表示が青になつたので、第三車線(最も中央分離帯寄りの車線)から左側を並進する他の車両より若干遅れ気味に発進して、交差点西詰の歩道橋の下付近に達したとき、左側車線を若干先行していた他の車両前方より、突然原告の乗つていた足踏自転車が、左方から右方に向つて飛び出してきたので、直ちに急制動をかけたが、原告の飛び出し方が突然であり、しかも、自車の方にまわり込むようにして斜め横断してきたので間に合わず、自車右前部に原告の乗つていた足踏自転車の右前部が接触した。原告は、前記歩道橋がすぐそばに存在するにもかかわらず、これを利用せず、しかも、対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、これを無視して、神戸市立西市民病院前から横断歩道でない道路を足踏自転車に乗つて横断したものであつて、右場所は東西道路の東方に対する見通しもよく、東西道路の交差点東詰から交差点に進入してくる車両の走行状態も容易に認めることができたのに、加害車両等西進車両が交差点西詰に到達するまでには東西道路を横断できるものと軽信して、横断を開始したため、折柄西進中の加害車両の右前部に自車右前部を接触させた。被告立木としては、前方を十分注視して本件交差点西詰に至つたにもかかわらず、左側を先行併進する車両に見通しが遮ぎられて、原告が東西道路を横断してくるのを発見することが不可能であつたため、前示のごとく、衝突回避不可能な状況に立至つたものであつて、本件事故現場の道路状況、事故当時の交通状況、信号状況等に照すならば、原告のような交通ルールを無視した無謀な横断を予見して、減速、徐行等の措置を講ずる義務はないというべきである。本件事故は、原告の信号無視、横断方法不適切な重大な過失によつて惹起したものというべきであつて、被告立木には何らの過失もない。

(二) 被告会社も加害車両の運行に関する注意義務を怠つておらず加害車両には構造上の欠陥、機能の障害ともに存在しない。

2  過失相殺の抗弁

仮に、被告立木に何らかの過失があるとしても、原告にも前示のごとき重大な過失があるので、相当な過失相殺を求める。

3  弁済

被告らは、原告に対し、原告が自認する金一二〇万円の弁済額のほか、治療費金九一万四二二八円、付添費一一七万七〇〇〇円、事故証明手数料四〇〇円の合計金二〇九万一六二八円を弁済した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)のうち、交差点の位置、形状は認めるがその余は争う。

2  抗弁2は争う。

3  抗弁3は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の(一)(二)(三)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、第二号証、乙第一号証、証人寺島忠篤の証言および被告立木本人の尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、本件事故現場は、東西にのびる片側二車線からなる幹線道路と、北東方向から大開通りと称される片側五車線の幹線道路とが斜に交差して合流し、これが西にのびる片側五車線の幹線道路と、さらに北北西方向から南南東方向に通じる道路とが交差する変形の五差路交差点(以下本件交差点という)であつて、信号機によつて交通整理が行なわれており、本件交差点の東西道路の西行一方通行道路東詰及び西詰の信号機が青色を表示している間は、交差点北詰及び南詰の信号機は赤色を表示しているようになつている。そして、本件交差点の交通量は車両三分間に約一〇〇台という極めて頻繁なところであつて、そのため、本件交差点の西詰信号機のそばには、東西道路にまたがつて、歩行者及び足踏自転車の通行用のスロープ状の横断歩道橋が設置されている。被告立木は、加害車両を運転して西行一方通行道路の第二車線を西進し、本件交差点にさしかかつたが、本件交差点東詰の西進車用信号が赤色の表示になつたので、本件交差点東詰の停止線で信号待ちのため一時停止したところ、自車の左側第一車線を走行していた訴外寺島忠篤運転の普通乗用自動車(神港タクシー株式会社所有)も同時に停止線で停止し、両車の停止位置がほとんど横一直線となつた。この時、訴外寺島は、本件交差点西詰の前記歩道橋南端の東側の下あたりで、足踏自転車にまたがつている原告の姿を発見したが、被告立木はこれに気づかなかつた。やがて本件交差点の東詰の西進車両用信号が青色に変つたので、被告立木は、訴外寺島運転の車両より若干遅れて加害車両を発進させ、本件交差点西詰の前記歩道橋の手前付近に、時速約四〇キロメートルないし四五キロメートルでさしかかつたが、被告立木運転の加害車両が第二車線の一番先頭を走行していたとはいえ、加害車両の左側第一車線を走行する訴外寺島運転の車両よりも約一・五メートルから二メートル斜め後方を走行していたので、これに左斜前方の見通しが遮ぎられて、原告が足踏自転車に乗つて東西道路を横断してくるのを発見することができない状況であつた。被告立木は、訴外寺島が原告を発見して、これとの衝突を避けるため、左に転把したので、初めて、その視界に原告が約七・六メートルの至近で自車の進路を斜に横断しようとするのを認めたが、この距離では急制動の措置を講ずる余裕もなく、また、自車の右側は中央分離帯であり、左側は訴外寺島の車両が先行するため、左右どちらかへ転把して衝突を避けることも不可能な状況であつたため約六・九メートル進行した地点で自車の右前部を原告の乗つていた足踏自転車の後輪に衝突させ、原告を路上に転倒させた。一方、原告は、足踏自転車の通行可能な横断歩道橋がすぐそばに存在するにもかかわらず、これを利用せず、しかも本件交差点北詰の対面信号が赤色を示しているにもかかわらず、あえてこれを無視して、横断歩道でない所を南から北へ横断すべく、横断歩道橋南端の東側から西行一方通行道路に進入し、折柄、同道路の第一車線を訴外寺島の車両が、第二車線を、被告立木の加害車両が西進していたのであるから、右車両等の動静に注意し、安全を確認すべきであつたのにかかわらず、なんら安全を確認することもなく、被告立木および訴外寺島の進路上を漫然横断を続けたため、自車後輪を加害車両の右前部に衝突させて路上に転倒し、その結果、右骨盤骨折、右股脱臼骨折の傷害を受けた。以上のとおり認めることができる。原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  前記認定事実によれば、被告立木は加害車両を運転し、本件交差点東詰で西進車両用信号機の赤信号に従つて停車し、青信号に従つて発進したものであるが、発進後は自車左側を併進する車両に左斜前方の見通しが遮ぎられて、原告が自車の進路前方を横断するのを発見することができなかつたものであつて、原告を発見したときには、原告とは約七・六メートルの至近距離に接近しており、自車の速度および自車の左右の状況から、もはや、原告との衝突を回避することが不可能な状況にあつたのであるから、本件事故発生について被告立木には何ら過失もないというべきである。もつとも、被告立木は、本件交差点の東詰の停止線で信号待ちのため一時停止した際、左前方を注視すれば、原告が本件交差点の西詰の歩道橋南端の東側の下あたりで足踏自転車にまたがつているのを発見することができたのに、これに気づかなかつたのであるけれども、被告立木としては、たとえ、その時点で原告に気づいたとしても、信号機の信号に従つて交差点に進入するものである以上、自己の進路前方を注視して進行すれば、注意義務をつくしたものであつて、自車の進路上に信号無視の足踏自転車が出現することまでも予見して、あらかじめ、これに対処するため速度の調整、交差点周囲の警戒等の措置を講じておかなければならない注意義務はないというべきである。けだし、交通関与者は、他の交通関与者が、たとえ、それが足踏自転車であつても信号を遵守するであろうことをあてにすることは社会的に相当であるからである。本件事故の発生については、被告立木には過失はなく、むしろ、本件事故は、原告が横断歩道橋を利用せず、信号を無視して横断歩道でないところを、しかも右方向の安全を確認することなく横断したことによつて惹起したものであつて、原告の一方的過失によるものである。

三  してみると、被告立木は、本件事故の発生について、民法七〇九条所定の責任を負うことはないし、被告会社も、被告会社が加害車両の保有者で、これを運行の用に供しているものであることは当事者間に争いのないところであるけれども、本件事故の発生について、運行供用者たる被告会社および運転者たる被告立木に過失はなく、本件事故は、被害者である原告の一方的な過失によつて発生したものであつて、加害車両の構造上の欠陥または機能上の障害の存否と本件事故との間には因果関係のないことが前記認定事実によつて明らかであるから、自賠法三条但し書の規定により同条所定の責任を負うことはない。

四  よつて、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井昱朗)

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